レクイエム・マイ・ドリーム

日々思ったこと、感じたことを書きます。

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僕のマドリー愛とサッカーの「美しさ」について【21/22リーガ第23節 レアル・マドリード対アラベス】

海外サッカーを、割と見ている。

その中でも僕は、レアル・マドリードが好きだ。

たぶん、10年以上は見続けている。

それは、クリスティアーノ・ロナウドが移籍して来てからだ。

ロナウドが好きだった理由も、単純だ。

自分と同じ誕生日だったから。

そういう、単純な気持ちで見始めた。

それまでは、海外サッカーは見ていたが特に興味を持っているクラブは無かった。

と言うか、その頃はプレミア人気が全盛で、何となくプレミアとチャンピオンズリーグを見ていたくらいだ。

だから、何かに思い入れがあったわけではない。

「このクラブを自分の推しにしよう」という気持ちなんて、最初は無かった。

ちょうどそのすぐ後に、ペップとメッシのバルサ全盛期が来た。

その時期は、クラシコでもほぼ全て負けていた。

手も足も出ないくらいにやられていた。

たぶん日本で見てる9割はバルサファンだったろう。

WOWOWバルサ応援番組みたいになっていた。

それでも応援し続けているうちに、愛着が沸いたのかもしれない。

最初はノリで、「ちょっといいな、この娘」くらいの感覚で付き合い始めた女の子。

その子と、長く付き合うことで深く知って「意外といい子じゃん」となっている。

僕とレアル・マドリードの関係は、そんな感覚だ。

ただ長く見続けていると、いい所もわかってくる。

ベンゼマの得点感覚。

ヴィニシウスのスピード。

アセンシオの左足。

クロースのパス精度。

モドリッチのテクニック。

全てに対して、「美しい」と思ってしまう。

「美しい」と「チームとして強い」は、基本的に別だ。

別と言うか、完全な相関性があるわけではない。

現時点でもパリサンジェルマンや、リバプールマンチェスターシティの方が、試合をすればたぶん強いだろう。

だけど僕は、サッカーにはある程度エンターテイメント性が必要だと思っている。

「ただ淡々と面白くない試合をして勝つ」ことが許されるのは、ワールドカップの決勝くらいだろう。

普段のリーグ戦は、「素晴らしいプレーで魅せて勝つ」。

それが必要だと思っている。

世の中の「プロのサッカー解説者」や「アマチュアの自称サッカー通」なんかは、「美しさ」については語らない。

それは、フォーメーションやポジショニングを語るのとは、全く違う。

「美しさ」とは、個人の観念でもあるからだ。

そういう意味で、アラベス戦の2発のゴールは、「僕を満足させる美しいもの」だった。

まず、アセンシオの左足。

あれほどキレイなゴールは、なかなか見れるものじゃなかった。

ずっとサッカーを見続けても年に数回レベルだろう。

アセンシオには、基本的にゴラッソが多い。

決めるときには、印象に残るスーパーなゴールを決めてくれる。

東京五輪日本戦の決勝点なんて、アセンシオの中では大したゴールではない。

いつも、アセンシオが右サイドでボールを受けるときには、一種の期待感がある。

「とんでもないゴールが決まるんじゃないか?」という期待だ。

そういう選手は、そんなにいない。

2点目のベンゼマ、アセンシオ、ヴィニシウスが絡んだ得点もよかった。

ああいうプレーがあるから、降格圏内のアラベスが相手でも、60分過ぎまで無得点でもフルで見ようと思ってしまう。

ハイライトで見ていたら、「いつスーパープレーが飛び出すのか」なんていうドキドキは得られない。

これからも、マドリーの試合は出来る限り見続けよう。

そう思わせてくれるような試合だった。