レクイエム・マイ・ドリーム

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「トンビが鷹を生む」のネガティブな側面と「子供の育て方」について

「トンビが鷹を生む」という、ことわざがある。

このことわざは、どちらかと言えばポジティブな意味で使われていると思う。

「棚からぼた餅」とか「ひょうたんから駒」みたいな、イメージに近い。

「平凡な親から、天才が生まれて良かったね」みたいな感じだ。

果たしてそれは、本当に良い事なのか。

ネガティブな側面も、あると思う。

最終的に、「鷹は鷹として認められた」から周りから喜ばれるのだ。

生まれてきた瞬間から、「こいつは鷹だ」となる子供なんていない。

もし、親が子のことを鷹だと認められず、「お前はトンビだ」と言い続けたらどうなるだろう。

と言うか、そっちの方が圧倒的に多いだろう。

トンビは「トンビの生き方」しか知らない。

そして、それを押し付けようとするだろう。

99%の何の才能もない凡人の子に対しては、別にそれでもいい。

問題なのは、とんでもなく希少な天才で、それを親が理解していない場合だ。

その場合は、不幸としか言いようがない。

肝心なのは、どんな場合にも「わからないものはわからない」と、素直に言えるかどうかだ。

僕は将来、自分の子が生まれて将来の相談をされても、正直にそう言うだろう。

「お前に才能があるかどうかなんて、俺にはわからない」と。

もちろん、わかる範囲でなら言うが。

「わからない」くせに変に親の威厳を見せつけるために、「お前はどうだ」とか言ってマウントを取ろうとするからいけないのだ。

別に、「自分が鷹だ」とか、「親がトンビだ」とか言いたいわけじゃない。

そういう可能性が、「常にある」というだけだ。