レクイエム・マイ・ドリーム

日々思ったこと、感じたことを書きます。

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「美人とブスに対して思うこと」と「資本の有効利用」について

僕が東京にいた頃の知り合いに、結構かわいい女の子がいた。

と言っても、ただのアルバイトの同僚の関係だった。

彼女はかなりの田舎から出て来ていて、「純然たるフリーター」だった。

まあ話を聞く限り、そんなにいい生活はしてなかっただろう。

年齢は、20歳ちょっとくらいだったと思う。

たぶん、それ以来10年は会っていない。

数年前ふと、彼女の名前を思い出したので、フェイスブックで検索してみた。

見つけた。

見た限りだと、金持ちの男を捕まえて、いい生活をしているようだった。

子連れでバーベキューしている写真をあげたりしていた。

港区住みだったかもしれない。

素直に、彼女が成功していてうれしくなった。

上手くやったなあと思えた。

かと思えば、僕の地元の元同級生の女子で、かなりかわいい子がいた。

噂で聞くと、彼女はずっと地元に残って、しょうもない男と結婚して、今はシングルマザーだとかいう話だ。

本当に、もったいないと思う。

若い時にチャンスの多い都会に出て行って、ちゃんとそのための行動をしていれば、もっといい生活が出来たはずだ。

田舎にいると、たまに「しょうもない仕事をしている美人」を、目にすることがある。

「マジでもったいないから、さっさと都会に行け」と思う。

僕は「美人は高校卒業したら、出来るだけ早く東京に行った方がいい」と思っている。

もちろん上京してチャンスをつかめるかは、本人の努力と行動次第だ。

しかし、東京と地方じゃ、「チャンスの数と質」が違う。

彼女達は、そんな事なんて知らないし、「自分に違う人生の道がある」ことなんて、想像していないのだろう。

つまり、「若さ」と「美しさ」は資本だ。

特に女性にとっては、男性よりもその比重は大きいだろう。

その資本を、どうやって利用するかが問題だ。

「どうやって行動するか」によって無駄にもなるし、有用にもなる。

美人、つまり「資本を多く持っている者」は、精一杯それを使って好きなようにすればいい。

「持っていない者」は、「それを補う何かを自力で手に入れる」か、「少ない資本でやりくりする」しかない。

もし自分に娘が出来たら、その事だけは教えといてやらなければいけないと思う。

もし万が一、美人だったら、言わなくても問題ないだろう。

最悪、20代後半まで遊び惚けていても、そこから本気になれば、いくらでも取り返しがつくはずだ。

不美人だったら、そうはいかない。

ちゃんと将来のビジョンを持って行動して、それなりの就職をして、恋愛も結婚も、もたもたしてはいけない。

回り道をしていいような余裕なんて、最初から無いのだ。

言うとしたら、中学ぐらいだろうか。

その頃には本人もおおよそ理解できるし、将来の見通しをちゃんと考え始める。

言いにくいとかじゃなくて、本人のためには伝えなくてはいけない。

「お前が不美人なのは、俺のせいでもある。だから、それは謝る。それはそれとして、お前には他の美人の同級生のように、遊んでいる余裕はない。資本が不足しているからだ。」

こう、伝えなければならない。

別に、それによって嫌われたっていい。

教師も他の大人も、こんなこと言わないだろう。

だって、「嫌われたくないから」。

ただ、親なら嫌われても教えなくてはいけない。

その言葉を将来、思い出して、子供の人生にいつか役に立てる可能性があるなら。

まあ、とは言え、それはただの理想論だ。

別に子供がいい人生を歩もうと、悪い人生を歩もうと、それは本人の勝手だ。

親のどうにかするべき問題じゃない。

だけど、「いい人生にする可能性の高い方法」を知っているなら、教えておくべきだろう。

それが、普通の親はあまり言わない役に立つ情報だったら、知っていることによってかなり有利になる。

「容姿によって差別するのは許せない!やめるべきだ!」と叫ぶよりも、それがある前提で、「どうやって上手く立ち回るか」を考えた方が、人生の役に立つはずだ。